『おそろし』宮部みゆき [本を読む私]
あらためて、宮部みゆき(あえて敬称略)はうまい、そして、鋭い、と思い知らされた次第。面白さだけでなく、ひとの心の綾をこういう視線で描くところが、宮部みゆきを宮部みゆきたらしめているのだよな…。
冒頭、伊兵衛が袋物屋「三島屋」を開くに至る経緯が語られる。その語り口の巧いこと。二つの老舗を結ぶ道を、竿竹に商品をつけて売り歩く伊兵衛の姿が目に浮かぶ。そこに、伊兵衛の商売哲学などもさりげなく織り込んで、物語世界に知らず知らずに引き込まれていく。なまじな作家が描くと、説明臭くなってしまうところなんだけどな。この筆力よ。そしてまた、この道を描くくだりが、あとで生きてくるのだからまいるね。
さて、その「三島屋」に引き取られた伊兵衛の姪のおちかが、訪ねてきた人から聞かされることになる「百物語」もどき。これが、ある不幸な事件が元で心を閉ざしてきたおちかの心を溶かし、大きく前に進ませるきっかけとなるのだが…。
これは、「百物語」という表題が表すような、単なるふしぎ、恐怖譚ではない。怖いのは、人の心。悪を犯す人ばかりでなく、自分は善人だと信じて暮らしてきた人、まっとうに暮らしてきた人の中にも潜む、ふとした心の動きからむっくりと鎌をもちあげる黒いもの。それをそうと気づいてしまうと、否応なしにつきつけられたとき、善だと思っていた自分の存在が芯から揺さぶられてしまう、どこへ向ければよいかも知れない慙愧の念。語られるのは「百物語」だが、真に描かれるのは、そこからともかく、新しく他人との関わりの中で生きていくことを選び取る、おちかの再生の物語である。
おちかや喜一が、無意識のうちとは言え、松太郎に対し、心無くも軽んじ、追い詰めてしまったこと。その結果を、自らの非として責め、おちかは心を閉ざす。おちかのせいではない、という喜一の言葉を、おちかは受け入れない。「そんなことをして重荷を預ければ、預けたことでおちかはもっと深く恥じ入る羽目になる。その恥はもう誰にも雪(すす)いでもらえない」…これは応えた。
さて、ここまではベタほめ路線でしたが、最後にあれよあれよと話が急展開していきます。この唐突な畳みかけに、おいおい、これで、めでたしめでたし大団円かい、とちょっと拍子抜けした気分を味わったのは確かです。(話としては面白いのだけどね) ですが、そこでおしまいにしないのが宮部さん。「松太郎を許さんと、あんたは自分で自分を許せない。全部、あんたの都合です」 それを分かってなお、おちかは現実に踏みとどまり、一歩前に出る決心をしたんですな。これからのおちか、どう生きるか、です。
良助の父が、我が子の恨みはさておき、おちかを守りたいがために、おちかの実家の旅籠に類が及ばないよう嘆願した思い。おちか自身が「守られる存在」であると同時に「希望」であり「生きるよすが」であるんですね。
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おそろし 三島屋変調百物語事始<宮部みゆき>−(本:2009年読了)−(デコ親父はいつも減量中 2009-10-17 17:27)
おそろし 三島屋変調百物語事始クチコミを見る # 出版社: 角川グループパブリッシング (2008/7/30) # ISBN-10: 4048738593 評価:88点 江戸で三島屋という袋物屋を営む叔父夫婦のもとに身を寄せ、慣れないながら黙々と働く17歳の「おちか」…[続く]
「おそろし」(COCO2のバスタイム読書 2009-06-25 23:36)
わたしは、人の心というものがわからなくなってしまいました。人というものが、闇雲
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